「許せない」と思った時は自分の価値観に気付ける時なのかもしれない

2011年に書かれている記事ですが、Facebookで「回ってきた」ので読みました。

 

http://toyokeizai.net/articles/-/7650

 

事例が海外ということもあって、なかなか意味が取れなかったので、ちょっと自分メモとして考えてみました。

自分が怒りを覚える相手の言動や行動は、自分の骨子になる価値観がそこにはあり、だからこそ許せなかったりする。つまりは自分の価値観を知る機会でもあると考えると少し冷静になれたり…はしないですけどね。(笑)

 

骨子になる価値観。これは各自が持つ人生の背景や体験から造られるのかもしれない。だとすると

、相手に自分の怒りを知ってもらうには、背景を知ってもらうのがよいかもしれませんが、体験からきているものは「知る」ことはできても「理解」してもらえるかはわかりません。知った上で相手がどうするかは、相手の性格と今まで築いてきた関係性の話になるかなとか…。

 

もちろんこのブログでも書かれてますが、相手の対応が予期せぬ方向に変わることもありますが、単に相手にとっては選択肢のひとつでしかなかったという程度な話題なのでしょう。

 

価値観の相違という状態に対して、自分側ができることは伝えることしかないかもしれないですね。もしくは自分が大事にしていることは相手にとっては興味がないだけのことと受けとめるか…。

 

ふむ。自分が人と話す時の一つの考え方になりそうです。