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ファシリテーターは人の数だけカタチがある

ファシリテーターはワールド・カフェのファシリテーターというように、

○○のファシリテーターはあるけど、ファシリテーターは○○でなければならない。という縛りが曖昧なのがいい…。

使うツールスキル・知識、今まで培ってきた全てで場に居る。

だから、一回限りのセッションでも「目的地」を決めておく。継続した複数セッションなら遠くの目的地と、一回一回の目的地も決める。

目的地は決定事項だったり、成果物であったり、知識であったり、関係性であったり、時には体験そのものだったりする。そして、参加者のためである場ならば、参加者の期待、意識、感情を共有して、場の目的地を改めて定める。隠さずに参加者と共有するのも良いかと…。

場のつくりが、空間と人とテーマで構成されているとすると、人が介在する時点で画一的なもなは存在しないと思っている。しかし、会社やコミュニティという継続性があるなら、関係性や人の背景は活かせる要素にもなる。もちろんファシリテーターと参加者の関係性も場に影響するから、あまり関係性が強い中で、フラットな関係性を活かす場を依頼されても難しいところはあったりする。後はファシリテーターは経験値、もしくはファシリテーター自身を構成してきたものが影響するので、得手不得手はある。無理してもできるとは思うが、自分の得意な分野は分かってるとよいかもしれない。

 

ファシリテーターは人の数だけカタチがある」

これが今回伝えたいこと。

 

それから少し話はずれるが、○○のファシリテーションをするために○○を学んだ後に、ファシリテーターについての学びをしておくのはよいのかもしれない。実際には○○をやってみて、その経験値の蓄積がファシリテーターの学びに他ならないのだけど、心持ちや意識、参加者にフォーカスして考えること自体は、○○自体の本質とは別のところにあるかもしれないから、別の時間や、別の人から学ぶ方が良いかもしれない。

○○の伝道師(テーマオーナー)の想いは熱くて重いものだから…。