【○○のファシリテーション】Vol.01 ふりかえりのファシリテーション その2「発言」

チームのふりかえりは、基本的には発言で成り立っています。

発言が出にくい場であれば、付箋紙を使ったりしますが、そもそもその発言された内容が本当に伝えたかったことなのか、はたまた、伝えたかったことがチームメンバーに正しく伝わったのかというように、言葉に表したことで、想いとズレたりしていないかなどファシリテーターが意識しておくと良いポイントがあります。

 

例えば、私がふりかえりに参加しやってしまいがちなのは、なんか「いいこと」を言おうとしてしまうとかです。それからアンケートに答える時とかを想像すると分かりやすいかもですが、自分の考えではなくて、つい流行りで答えてみたり、アンケートに乗っかって何か依頼ごとを書いてみたり…。

なんか私自身の黒歴史をえぐるようで書いててつらいですが…。(^-^;

 

もちろんこの話しは「その発言、ダウト(ウソ)!」とかいう話ではなく、場に現れたことの意味に少し寄り添ってはどうだろう…という話です。扱い方はファシリテーターそれぞれの感覚で良いと思います。私の場合はその場で出たものは全て扱うという感じなので、偶発的や意図的に出たものも、本人も含めて参加者がどう受け止めるのかまで観るようにしています。

 

もしかしたら、そういう発言に対して表面的であるとか、もう少し深い場にしたいと受け取る場合は、チームメンバーに発言を考えてもらう前に何かを入れるかとかするとよいかもですね。例えば「リフレクション」というやり方などで「想いを言語化する手前」に対して丁寧に向き合ってもらったり。

 

いつもそうやるというよりも、今の時点でのふりかえりに必要なものかどうかが大事な意識なのかもしれません。

【○○のファシリテーター】Vol.01 ふりかえりのファシリテーター その1「事前」

ふりかえりの場をファシリテーターとして私がやる場合に私が何をして何がファシリテーターに起きているかということを考えてみました。


まずふりかえりで出たアウトプットを何に使いたいか、活かしたいか、活かさなくてもいいかを考えます。依頼をされた場合は確認になりますが。そこから、アウトプットの形がホワイトボードなのか、模造紙なのか、A3用紙なのか、スプレッドシートなのかなどが検討します。


次に人数はどうか、参加者の関係性はどうか、全員が参加するかどうか、依頼してきた人が参加するかどうかなど場の想定を一度します。この時点で会議室の選択と机や椅子のレイアウトは考えます。あまり事前にどんなことがアウトプットされるかは考えないですね。


問いかけの言葉はコーチングをやっていたせいもありますが、常にいくつか言い回しを含めてストックされている気はします。有名なKPTというやり方でやる場合は、Keepなど元が英語なので、その場にあった意訳をして、さらに参加者に響いたり、バズッたり、悩ませる言い方をします。Keepから受ける印象が参加者に委ねられるので、思考に刺激を与えるのはありですね。また、フレームワークを入れると、だいたい「これであってますか?」と聴かれるので、その回答も用意します。


参加者の関係性や個人の性格によって、場への発言の感じは変わります。フラットな関係性でない場合や、シャイな人がいるなら(多ければではない)、付箋紙を使って書いてもらうのはよいですが、リアルタイムに思考から出る言葉よりも書き出すという行為によって、発言は少し湾曲する可能性があるなとは考えておきます。見事に参加者がまったき同じ内容を書いてきた場合は、何かバイアスがかかっているかもしれません。まぁ、メチャクチャ仲が良いだけかもしれませんが。(^-^;


あ、もしフレームワークでのふりかえりをする場合は、先ほど言った「これであってますか?」をなくすために初めてへのケアをするか、一度参加者だけで勉強会をしてみるのは良いと思います。ファシリテーターフレームワークを熟知してなけれはいけないかは、どちらとも言えないのですが、私は試しはしてみるかもですが、熟知はしないでも感覚でやっちゃいます。まぁ、急に○○でやりたいですという依頼を断らないというだけですが…。もちろん熟知、熟練で血肉になっている人はすごいです。先日、そういう方にセッションしてもらいましたが、違和感がないから深い議論や発言がありました。


次回は、ふりかえりの最中のファシリテーションについて書こうかな。

ファシリテーターの持つべき癖

ファシリテーターの学び方に必要なことのひとつとして、内に向いた場と外に向いた場の2つの違いを意識できることや、場において自分の感情を意識できることなどの「意識できる」を自分なりの感覚に落として明文化やイメージ付けおくことかなと。

 

特に自分の感情は訓練な感じで、何かをしている時に、こまめに自分の感情をメモする癖をつけるとよい感じですね。割合、何か感情がふれても客観視できるようにもなります。

ファシリテーターを場に入れる

場においてはファシリテーター自身が何を感じているかが大事なことのひとつです。

 

何かをファシリテーションする場合、参加者が満足してそうかが気になったりします。そんな状態で自分のことを見るとかむずかしいと感じるかもしれないですね。

 

場のサービス提供者ではなく、自分も参加者の一員だと思って場に立つと少し気楽に振る舞えるかもしれません。場の最初に参加人数を数えてみたりして、自分もちゃんと数に入れて数えるとか。

 

私は先日10名の場の依頼を受けてファシリテーターした時に、無意識に11名分の準備をして、「10名なんですけど…。」と言われました。(^-^;

ファシリテーターの学び方(体験重視型)

ファシリテーターの学び方について私なりの私見を走りがいてみました。


比較的体感優先なので、参加したイベントがよかったなぁと感じた時にはファシリテーター視点でイベントをふりかえります。もちろん参加者としての感覚も大事ですから、最初はイベントの流れと参加者としての流れを時系列でふりかえります。

ふりかえりでは大きく分けて、参加者の気持ち(状態)、場に現れたもの(発言や雰囲気)、そしてファシリテーターの動きに分けて思い出します。
どれも主観ですが、ふりかえりで正しかったかどうかをふりかえるのではなくて、自分のファシリテーションに対しての学び方なので、ある意味、イベントのファシリテーターの意図とは別にして無責任にやってしまいます。

時系列のふりかえりの次に要素を抽出します。要素を抽出してなんとなく場の構造をイメージしていきます。そこから、自分なりの解釈にして、自分のファシリテーションにいかしていけるようにします。

オレオレファシリテーターに気付いた時の話

以前、ファシリテーターとして自分が大事にしているもの。という事で走り書きをしたのですが、その中で、自分がファシリテーターとしての学びを止めた時期にオレオレファシリテーと化していた時期があったと書きました。その後、自分で凹んだので、ちょっと外だししてみるかなと思って自分の体験を書いてみます。

「今、ファシリテーターとして大事にしていること」↓
http://discoverycoach.hatenablog.jp/entry/2015/01/06/143253

ある意味、恥ずかしい話にもなりますが、私もオレオレファシリテーターだった時期があります。(今も時々出るけど、修正はできるようになってきてる(^-^;)

 

私の中でオレオレファシリテーターというのは、意味もなくファシリテーターの存在や手法を誇示してしまうことで、ファシリテーターが如何に場に影響をおよぼす存在であるか最初に語ったり、決めきった進め方を最優先にしてみたり、時には参加者も場にも向き合わずにできの悪い店頭販売員のようにファシリテーショングッズをごり押ししてみたりすることです。(^-^;

ちなみにオレオレファシリテーターは絶対だめ!という話をしたいのではなく、単に過去の経験のシェアだと受け止めてください。恐らくはファシリテーターが自然と意識することだけなことですし、実際の参加した方にとっては、とるに足らないことだったり、意外に刺激的に感じていることもありますから。(^-^;

 

 

思い返して考えると、よくやっていたのは利用する会場の机の配置をファシリテーションしやすい形という点だけで最初から変えてみたことです。参加者からすれば、いつもと違っていて始まるまでの間、居心地が悪い可能性もありましたし、安心感が損なわれた場になっていたかもしれません。もちろん、テーマによっては、いつもと違う雰囲気を感じてもらうためにそうすることはあります。また参加者に対して開始時間までの時間もファシリテーションする時間と捉えて、居心地の悪さに対応することもできます。この時間のファシリテーションを私はウェルカムファシリテーションと呼んだりしています。

 

オレオレファシリテーターに対するには、場づくりの検討をする時にファシリテーターの意図と逆の事が発生することを想像してみることが1つの対処法として有効でした。逆の事が発生した時に「それもありだ」と思えたりするからです。w

ファシリテーターの学び始め方

ファシリテーターという言葉が一般的な新聞にも取り上げられるようになり、イベントなどにファシリテーターがいる場も増えてきた。知り合いにも実践者も多い。

 

では、ファシリテーターにはどうやったらなれるのか…。

 

この質問はなかなか簡単には答えられない。というのも、私の考えるファシリテーターにはさまざまな種類のファシリテーターが存在していて、どんなファシリテーションをしたいのか、なぜ、もしくは誰になど前提があるからだ。

ファシリテーターを文章でしか見たことない人は理解しづらいのかもしはないが、ファシリテーターのやり方は実践者の数だけある。もちろん型や考え方もあるので、それらから学びはじめてもよいし、参加した場で気になるファシリテーターに教えてもらうのもありだろう。体感から得て、自分の知識と融合させてとりあえずやってみて、ファシリテーターがなんなのかをふりかえってみる始め方もありだ。私自身がそうだったし…。

 

今なら、ファシリテーションについての本も多くなってきたので、本から学ぶこともできるが、あまり頭でっかちになってしまう前に体感してしまうことをオススメする。自分勝手な「べき論」が頭の中に出来てしまうと、多様性を許容しづらくしてしまうし、なんかもったいない。

昨年から学びの指標ができないかなと、ファシリテーターが活躍している場と、学べる場について整理してみようと試みているが、まぁ主観でまとめているからまとまらない(笑)。ただ、傾向は考えられる気がしてきた。型やプロセス、ツールを活かすファシリテーターと、ファシリテーター自身も含めた「在り方」に意識を向けるファシリテーター。もちろん、どちらか一方という話ではなく、重きをおくのはどちらかという話で、もしかしたら学び方も学びたい人が自分自身の特性、向き合う人たちやテーマに合わせて選ぶのもよいかもしれない。